2009年6月28日 (日)

 ベニアジサシ

 福岡県大牟田市の有明海沖にある三池島は、ベニアジサシの北限繁殖地として知られている。三池島は、1970年三井三池炭鉱が通気坑を目的として作った直径90mのコンクリート製人工島である。廃坑に伴って使用されなくなってからは、初夏になると空地にベニアジサシやコアジサシたちがやって来た。やがて人間は完全に撤収し、その役目を果たし終えた1994年頃になると、島は鳥たちの繁殖地に様変わりし始めた。

 チェルノブイリ原子力発電所を思いだす。大事故の後は廃墟と化したが、人が居なくなった発電所周囲の環境は、放射能汚染に気付かない鳥や獣たちが自由に、気ままに過ごせる所となった。人間だけが、他の生き物の生息地を狭めてきた。人が去れば生き物は戻ってくる。当り前な現象である。

 三池島は、無人でもある。陸上にいる天敵も、沖合2km先とあっては近寄り難い。年によってばらつきはあるが、多い年には600羽前後のベニアジサシが繁殖のために訪れる。同じような人工島が奄美大島にあると聞いているが、うまいところを見つけたもんだと思う。それにしても、ベニアジサシ繁殖地は南西諸島であるとは昔の定説になったようだ。繁殖地を一挙に有明海沖まで北上させた背景には、地球温暖化があるのかもしれない。

 アジサシ類は、人間が営巣地近くに寄ることを嫌う。ベニアジサシは、周囲に人影が頻繁となると、抱卵中ばかりでなく育雛中であっても、突然全てを放棄して営巣場所を変えてしまうことがある。沖縄では、観光客が増えたために、ベニアジサシの繁殖数が減ったとも言われている。我らが馴染みのコアジサシでさえ、営巣地に近づく人間には、あの敵意を込めた不機嫌な啼き声あげてモビングに及ぶ。さもありなんと思うから、なるべく近寄らないようにしている。
 大変気難しい鳥たちなので、普段から対応に気をつけねばと思っている。

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 6月25日、九十九里浜のいくつかの浜を寄り道しながら銚子方面に向かった。飯岡では、先客のバーダーがいて海辺と砂浜を行き来しているアジサシ類を撮っていた。挨拶をして何か珍し系が来ているかを問うと、ベニアジサシが2羽でいますよという。赤い嘴のアジサシ類を、双眼鏡で丹念に見つけることにした。見つからないので思わずぼやきがでたら、バーダーはご自分のスコープの照準器を覘(のぞ)くように促し、ベニアジサシがいる場所を適切に教えてくれた。有難いことだった。嘴はまだ黒いが、脚は鮮やかに赤く、頚部から前胸部にかけてほのかなピンク色をしていた。嘴はこれから赤くなるのだろう。

ベニアジサシ
ベニアジサシ
 
 ベニアジサシは、一見白っぽいことで、周りにいるアジサシ類とは異なった。最大の違いは赤い脚と、ほのかなピンク色をした前胸部である。更に違いを挙げれば、ベニアジサシの白い尾羽は、飛べば深い切れ込みを持った燕尾状になり、静止している時の翼羽は尾羽端を出ないことか。しかし、数多い遠いアジサシの群れからベニアジサシを見つけだす最も簡単な方法は、やはり、一見して白っぽい鳥を探すことである。その翼背羽がアジサシよりも薄い灰青色をしているので区別し易い。
 
 視覚的には、確かに赤い脚は目立つ。この脚のおかげで、周りの砂浜まで不思議に明るくなった気がする。しかし、人の情感に訴えるのは、前胸部にかけて浮き出たように見える淡いピンク色ではなかろうか。なんとも上品な、そして艶のある色合いに見える。この日は晴れだったが、日差しが途切れた時間帯こそ、尚更よく映えて美しかった。強烈な日差しのもとでは、この上品な色合いは溶けてしまいそうに思えた。

 バーダーの話を聞くと、昨日もこのペアのベニアジサシを見たとのことだった。幸いにして、雄が雌を誘ってダンスをするディスプレイを見たとし、交尾場面も見たと言われた。確かに大きさが異なった2羽だった。大きい方が雄ではなかろうか。残念ながら、ディスプレイダンスは見られなかったが、お互いに付かず離れずを心がけているペアだった。大牟田市三池島からこの地まで、繁殖場所が更に北上することはまさかなかろうと思うが、なにやら気がかりである。

 アジサシの数は全体で100羽程度だったが、1時間弱の間隔で、全てが飛び出しては海面を乱舞し、また砂浜に戻っていた。シャッフルされて、新たにその姿を求めることになる。これが結構楽しい。飛翔姿もゆっくりした飛び立ちなので、尾羽の切り込みの強い燕尾が見えた。それにしても遠かった。目が撮れないのは、私から見ればデジスコの距離である。時折、砂浜から波打ち際まで降りてきてくれるが、願うほどには近寄ってくれない。

ベニアジサシ
ベニアジサシ
ベニアジサシ
ベニアジサシ

 英語名は Roseate Tum とある。イギリスやアメリカ東部海岸でも繁殖する鳥たちだから、その文化圏内ではよく知られているに違いない。呼び表すのに、「薔薇のように明るい」といった形容詞の roseate を付けられて、如何にも 万人が好みそうな名前を頂いている。Wikipedia(英文)によれば、胸部に見えるこのピンク色こそが、鳥の英語名の成り立ちなのだとの解説があった。

 日本語(もしくは漢字)では、ベニアジサシ(紅鰺刺)で、名前からは嘴、脚の赤色を先ず連想する。石垣島や奄美諸島のサンゴ礁海岸岩場で、灼熱の太陽に焙(あぶ)られた赤い嘴をみれば、まさしく、これこそベニアジサシだと思うに違いない。しかし、この日のベニアジサシは、私が見ても roseate だなと思った。

 ベニアジサシは、長期間滞留する鳥ではない。この歳時記が載る頃には、南に、あるいは北に飛び去っているに違いない。これからの九十九里海岸では、多くはないが見る機会のある鳥だと思っている。しかし、見られる期間は短い。

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2009年6月21日 (日)

 端境期

  夏鳥たちが例年訪れる繁殖地を除けば、我がフィールドは何所に出かけてもごく馴染みの鳥たちばかりとなった。今はそんな時期なのだと思うしかないが、あと1ケ月ほどは続くのだろう。私も含めて、鳥たちの新たな動きを願うバーダーにとっては、なんとも手持ち無沙汰な日々である。例年の今頃は遠出をして、我がフィールドでは見られない鳥たちを見て気分をリフレッシュしてきた。今年は、4月、5月と遠い南の島への鳥見旅をしたので、少しばかり体力消耗の気配が無きにしも非ずである。正直なところ、現在いろんな意味で機能調整中である。

  かといって、この間、家に引きこもってばかりいたわけではなかった。週に一度は鳥見を思い立ち、2回ほど近場にある夏鳥の繁殖地に足を運んだりもした。オオセッカ、コヨシキリ、オオルリ、サンコウチョウ、サシバ、コアジサシ等の繁殖地では、幸いにしてそれなりの楽しい時間を過ごせた。その成果を当歳時記に乗せるのは、今少し時期を遅らせてからと思っている。

 鳥を見た場所は、何がなんでも秘して書くのがマナーだ、とは毛頭思っていない。何時、何処で、何を見たかを記すのは文章の基本であるから、断りなしにそれらを抜かした文章はなるべく避けたいと思う。またそんな文章は書く気もない。しかし、普通種の鳥ならばいざ知らず、珍し系の鳥の場合、自分自身を含めて大勢のバーダーが集まり、その結果、その場所の近隣人に迷惑をかけ、鳥の繁殖に支障を及ぼす事態が想定されるならば、その責任の一端は避けられないだろう。どうすればよいか具体的な状況によっては難しい問題である。危惧される事態を避けるための私のマナーは、書く時期を遅らせることだと思っている。

 多趣多才なバーダーのブログを見ると、今の時期は蝶や昆虫を撮ったり、花を撮ったりして過ごしているのが多い。鳥を撮り、且つ虫や蝶を愛でる知人のブログを見て素晴らしいと思う。私なんぞは、手持無沙汰を感じたら、暇な折に記しておいた歌や句を見て過ごす以外にない。しかし、歌や句が蝶や花に劣っているわけでもないと思っている。人は多様であることが面白いのであって、まさにその多様性こそが文化の源だとも思うのである。

 定年直後に万葉集を読み返してからは、和歌の世界に少しばかり首を突っ込み、その後は小説や短編に移り、若い時に読んだ本の読み返しもした。果ては俳句にまで及び、今では俳句歳時記(角川文庫)は座右の書になった。しかし、どれも身を入れ込んでいるわけではなく、それらの表面を翳(かす)める程度の接し方でしかない。半ば性分なのかも知れない。

 それでも、毎日が結構楽しい。
 最近体調も整ってきた。来月にでもなれば遠出の鳥見旅に出かけるつもりではいる。

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 閑話休題。オオヨシキリの、気に入った句があった。こんな句に出会うと、よかったと思う。

 言問はむ 真間の芦洲に 啼くげげす
                 臼田亜浪  

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2009年6月14日 (日)

 カルガモ親子

 週末は、家内のお供をして郊外にある野菜直売所に行く。鳥見を兼ねて、遠回りであるが谷地田を通って行くのがこの数年の週末行事である。5月下旬に入ると、早苗田は青田の気配を濃くしつつあった。快晴の日ともなると、田の面を眺めているだけで心地よい。柔らかい風に吹かれて全ての苗穂は同じ方向に揺れて靡く。谷地田は、まさしく青田風の季節になった。

 谷地田の中央には導水路が流れている。冬の間は流量が減り、水深も浅くなった川面にクサシギの家族が採餌しているのを見た。そんな日は、川に架かる橋ごとに車を止め、橋の上下を見渡してクサシギをカウントするのが楽しかった。3月下旬ともなると、暖かくなるにつれてその姿は見なくなった。クサシギはこの谷地田で越冬し、繁殖期を迎えて北へ向かったに違いない。4月下旬には、オシドリが田の畦に訪れ、ゴイサギが青田の中で採餌するようになった。通し鴨らしいマガモは相変わらずであるが、季節は確実に移ったと感じる。
 冬の間近くの公園で群れて過ごしたオシドリは、数組の番でやって来てこの谷地田を適当に棲み分けている。

 カルガモは、シーズンにかかわりない谷地田の常連である。今の時期、いくつかの鳥見ブログに、母親カルガモが一列に並んだ幼い子供たちを従えた映像を見る。家内は、カルガモの子連れ姿を見たことがなかった。5月に入ってからは、今年こそは見たいものだと谷地田を通る度に口にするようになった。私自身もまだそのような場面を撮ったことがなかった。ほぼ青田となった苗の間や畦上では、親子連れを撮るのは難しい。やはり、導水路の川面を主に見ることになる。野菜直売場まで、導水路に架かる橋は6ヶ所ある。その全ての橋を渡るので、私たちにとって谷地田はあみだくじのようなものになった。

 5月30日、いつものように野菜直売所に向かった。谷地田に入ってから三番目の橋に車を止めると、バタバタと羽音を立てて4、5羽のカルガモ成鳥が飛び立った。流れにはカルガモの子供たちだけが残った。家内は、「いたっ」と小さく叫んで大喜びである。親は慌てて飛び立ったが、まだ飛ぶことが出来ない子供たちは、揃って川岸に生えた草陰に素早く隠れた。それは、いかにも訓練された動きに見えた。

 1分も経たない内に、飛び立った成鳥の内の1羽が、子供たちが隠れた草叢に戻ってきた。母親に違いない。子供たちは慌てる風もなく草叢から出てきた。母親は、子供たちの速さに合わせゆっくりと遠去かった。ほぼ一列となった子供たちは数え易い。全部で10羽だった。

カルガモの子供たち
カルガモの子供たち

 撮る側も慌ててしまった。映像の出来は今一だった。しかし、あっけなくカルガモの親子連れの映像を得た。

 翌週末は雨だった。それでも、橋を回りながら野菜直売所に向かった。導水路は水嵩が増して流れも強かった。水面にはカルガモの姿は見られず、田の畦にも少なかった。カルガモ親子は、青田の中で雨風をしのいでいたに違いない。

 6月13日、カルガモ親子初見の日から二週間後、いつもの如く野菜直売所に出かけた。雲間から時折陽が射す天気だった。一番目の橋を渡る時、家内が草陰にいるカルガモ親子を目敏く見つけた。車を止めて見ていたが警戒して出てこない。暫くすると、まずそっと親が出てきて、子供たちを促すように引き連れ橋から遠去かった。子供の数は7羽だった。家内は、3羽足りない、どうしたのだろうと心配した。この谷地田ではオオタカの姿も見る。カラスもいる。犠牲になったのかもしれないなと話しながら、直売所に向かった。

カルガモの子供たち

 野菜を購入した帰り、再び1番目の橋に寄った。橋に車を止めて暫く川面を見ていると、車に気付いたカルガモ親子が、警戒しながら草叢から出てきた。ところが、一見して子供の数が多いのが分った。数えると10羽いる。行きがけに見た子供7羽のカルガモ親子と瞬別出来るほどのカモ通ではないが、もしかしたら、二週間前に300m程上流で見たカルガモ親子ではなかろうかと思った。
 遠去かっていく親子の手前に、川の中央に土砂がたまって島が出来ていた。島の上面の雑草が生えた所にカルガモの親が立っていた。警戒しながら私たちを見ているが、動かない。よく見ると、その周りに7羽の子供たちがいた。

カルガモの子供たち
カルガモの子供たち

 一日で二家族の親子連れを見たことになる。10羽の子供たちは、おそらく二週間前のカルガモ親子に違いない。その時と比べると、ぐんと大きくなっていた。個性も出てきたようで、並び方もばらばらになってきた。子供たちが無事に育っているのを見て、一安心した。

 母軽鳧(かる)に 末広がりの 子軽鳧(かる)かな
               渡辺恭子 俳句歳時記 夏の部(角川書店)

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2009年6月 7日 (日)

 婚礼衣装のダイサギとアカガシラサギ

 6月4日、前日に葛西臨海公園にアカガシラサギが来ていると聞いて出かけた。公園での初認は6月2日と聞いている。4月中旬の与那国島、5月上旬の対馬、その何れの地でも振られっぱなしの鳥だった。少しばかり引きずったものを感じていたので、この際、気分的にけじめがつけばと思った。

 午前8時半に葛西臨海公園に着いた。小雨混じりの曇天だった。この公園に鳥見で訪れるのは久しぶりであって、4年前の冬のシーズンが最後だったと思う。確かミコアイサを見たくて出かけたと記憶している。最近訪れたのは一昨年の暮れで、鳥見ではなくて孫たちとの水族館の魚見だった。

 駐車場から鳥類園まで、レンズ・カメラの入ったリュックを担ぎ、手に三脚を持って歩くことにした。重い荷物があるので結構厳しい距離である。アカガシラサギがどの辺りにいるかはその日の時間帯で違う様子なので、取りあえず鳥類園を一回りすることにした。迂闊にも潮見表を見てこなかったが、丁度到着した時が最も潮が引いた頃だった。汽水池でもある湿地帯は、葦原で囲まれた広い干潟に様変わりし、その中央には一筋の流れが川状となって水門に連なっていた。アカガシラサギは、うまい所に迷い込んだものだと思った。

 干潟の縁にはダイサギ、コサギ、カルガモが休み、干潟上ではコチドリが忙しく採餌する姿が見られた。目を惹くような鳥は見当たらなかった。今の時期、どこに行っても鳥影は少ない。

 ところが、ダイサギの雰囲気がなんとなく何時もと違う感じがした。双眼鏡で見ると、目先が綺麗な緑色になっていて、脚は赤い。背の飾り羽を風に靡かせ、繁殖期の装いだった。そうか、ダイサギは本来夏鳥なのだと思い返した。野鳥解説書には、この時期には普段黄色の虹彩も赤みを帯びるとある。赤い目のダイサギなんぞは見たことがないし、赤い脚のダイサギを見るのも初めてだった。普段、一寸見で簡単に流してしまうので、注意が及ばなかったのだろう。撮り終えて、得した思いだった。

ダイサギ

 いくつかある野鳥観察スペースの一つで、7、8人のバーダーが雑談していた。挨拶をして、アカガシラサギが見えるかを訊ねると、葦原の中に入り込んで今は見えないとのことだった。三脚にカメラ・レンズをつけて、暫く待ったが現れない。場所を変えて湿地帯が広く見渡せる場所に移動した。葦原を抜けて来たらしいアカガシラサギが、遠くの泥地の中を漁りながら歩いているのが見えた。一羽だけだった。2倍テレコンを付けて、証拠写真とばかりに数枚撮ったが、なんとも遠い。コサギに追われて、また引き返すので更に遠くなってしまった。

 野鳥観察スペースに戻ると、バーダーは一人も居なくなっていた。別な場所に移動したことがなんとなく分った。アカガシラサギは、更に湿地帯奥まで向かったようだ。奥まった湿地帯には、その縁(へり)間近にブロック仕立ての野鳥観察舎があって、既に10数人のバーダーで一杯だった。後方からのぞき窓の外を見ると、20mほど先の泥地にアカガシラサギはいた。観察舎内では三脚を立てる余地が無かったので、カメラ・レンズを三脚から外し、窓枠を支えにして撮る以外になかった。窓から手持ちのカメラでアカガシラサギを撮っていたバーダーが、脇に少しばかりの空間を作ってくれたので、狭い窓にレンズを乗せ湿地帯を見渡すことができた。有難かった。

 アカガシラサギの羽模様は、色合いのメリハリが効いて綺麗である。完全な夏羽には少しばかり間がありそうな個体だったが、歩く姿も、佇む姿も絵になるし、撮りがいのある鳥だと思った。先達は、夏羽のアカガシラサギを貴婦人のようだと表現したが、なるほどと思う。

アカガシラサギ
アカガシラサギ
アカガシラサギ

 アカガシラサギのトレードマークの一つに、灰青色の背羽がある。光線の具合によって綺麗に青みが浮かんでくれると、アカガシラサギの映像としては上出来だと私は思っている。上の最下段映像のように、偶然に空が明るくなると少しばかり青みがかるが、他は黒味が増した画像ばかりで、背羽に関してはどれも今一だった。

 アカガシラサギの映像は、その足の動きもポイントの一つになると思った。足趾は結構大きいので、餌を狙う時の抜き足差し足は、容姿全体の中で動きの確かなアクセントとなって面白い。獲物は干潟に残った水溜りに潜むハゼのように見える時もあった。時間をかけて狙いを定め、獲物を外すことはなかった。首を思いっきり伸ばす捕食行動は、思いがけないほどダイナミックである。その頚の長さに驚く。

アカガシラサギ
アカガシラサギ

 上の一連の映像は、私の腕前にしてみればよく撮れた方だと思う。与那国島や対馬では、たとえ見ることが出来たとしても、これ程鮮やかには撮れなかったのではと思っている。警戒心の強いアカガシラサギは、人の姿を見ただけで隠れる。近くに寄れるのも難しいと聞いていた。こんな姿や行動が撮れたのも、鳥を見る場所がブラインドでもある野鳥観察スペースや観察舎等に限られているからだろう。警戒を緩めて採餌してくれたので、自然な行動が映像として得られた。人間にとっていささかの不自由は、鳥たちにしてみれば有難いことなのである。

 アカガシラサギで推奨される映像の一つに飛翔姿がある。地上で採餌している姿からは想像出来ないもので、灰青色の背羽と赤い頭頚部、白い翼や腰部を見る飛翔は、バーダーならば一度は撮っておきたいと願う映像ではなかろうか。前日までの2日間で公園での行動パターンを知ったバーダーは、アカガシラサギは潮が満ちてくれば干潟から更に上にある淡水池に飛ぶという。その時の飛翔映像を見せて頂いたが、確かに美しい。

 しかし、潮が満ちるのは午後3時過ぎなので、朝早くから車で来ているバーダーの場合、その時刻まで待つとなると駐車料金は跳ね上がる。この公園をフィールドとしているバーダーたちは心得たもので、最寄駅付近で自転車を借りて鳥類園まで来られた人が多かった。電車を利用して来たに違いない。私の場合、駐車料金もさることながら、飛び立つまでの4、5時間を堪(こら)え切れず、昼前には引上げた。

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2009年5月31日 (日)

 踊るアジサシ

 今年の夏至は、6月21日である。その前後の3週間くらい、つまり大雑把に言えば6月上旬から7月中旬くらいまでは、日照時間が最も長い日が続く。その期間、北の大地は短いながらも豊かな実りの頃となり、生き物には快適で過ごし易い気候となる。鳥たちにとっては巣作り、抱卵、育雛に最適な条件が整うわけで、渡り鳥たちは毎年この時期を目安に繁殖地に向かう。

 アジサシのように大群で渡る鳥の場合、番は連れ添った夫婦の場合もあろうが、北へ向かう旅の途中に群れの中で形成された若夫婦のこともあると思う。カップリングが形成される過程は、人間とあまり大差がない気がするもので、渡りの途中で見られるディスプレイにはいつも興味が湧く。

 コアジサシの場合、その求愛給餌を見ていると、番が形成される過程は思ったほど単純ではないなと思う時がある。雌雄のどちら側にも、相手を選択する権利があるようだ。小魚を咥えてきた雄コアジサシをフンと鼻先であしらう雌コアジサシがいるかと思えば、獲物を欲しがる雌を見て、渡す相手を物色し直す雄もいるようだ。互いに選択の自由があるからこそ、求愛給餌行動が発生するのだろう。営巣期間ならばともかく、カップリングが成立するまでは、小魚を咥えて相手の気を惹くのは雄コアジサシだと決めこんでいるが、そもそもその辺りから早合点があるのかもしれない。

 アジサシの場合、九十九里浜で見た日のことであるが、コアジサシによく見る獲物を直接渡す求愛給餌行動は見かけなかった。しかし、その片鱗も見られなかったかというと、そうでもない。波打ち際の浅瀬に寄ってきた小魚を素早く捕って口に咥えながら群れに戻り、咥えたままうろうろしては佇んだりしているアジサシを何回となく見た。結局、パートナーに与えることもなく飛び立って、場所を変えて自分で食べていた。また、どれがパートナーなのか、見た限りでは判別出来るアジサシはいなかった。まだ、時期的には求愛給餌には早かったのかしれない。

 しかし、パートナーに対して示すアジサシのディスプレイは何回となく見ることが出来た。その中の一つが以下の映像である。上から時系列で示した。ディスプレイ中の2羽は、それぞれが全て同一個体である。4コマくらいに纏められればよかったのであるが、これが結構難しい。一連の行動が面白いので、ついつい調子に乗ってしまったところもある。

アジサシのディスプレイ
アジサシのディスプレイ
アジサシのディスプレイ
アジサシのディスプレイ
アジサシのディスプレイ
アジサシのディスプレイ
アジサシのディスプレイ
アジサシのディスプレイ

 発端となった雄アジサシ(雄としたのは私の独断)であるが、ディスプレイ行動の対象は、開始時に直ぐ隣にいたアジサシではなく(1枚目)、もっと離れた所にいたアジサシだった。ディスプレイは、他の仲間の鳥たちに対しても見せる行為であるならば、対象まで離れているのもデモンストレーションとしては意味があるだろう。対象となったアジサシは、間近に来た相手を見て、待ってましたとばかりに軽く頭を下げ(2枚目)、自らもディスプレイをもって応じた(3~4枚目)。そして、衆目の前で華麗な社交ダンスを披露し始めた(5枚目)。この辺りがクライマックスなのだろう。見るからに恍惚の境地のようだ。

 再度、同じ行動パターンが繰り返されるだろうと思っていたら(6枚目)、件の雄アジサシはくるりと向きを変えてしまった(7枚目)。対象となったアジサシは、なんとなく拍子抜けして、あれ?...と雄アジサシを見ていた。そして、気持ちに区切りをつけて飛び去った(8枚目)。お互いに折り合いがつかない結果だったようだ。
 全経過は、4、5分だったと思う。この後、群れはシャッフルして、どれが雄アジサシで、対象アジサシだったのか全く分らなくなってしまった。

 鳥の心情解釈部分は、私の想像するところである。全く違った鳥の心理があったかもしれない。要するに、カップリングは何時も簡単に成り立つものでもない、ということを言いたかったのである。

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2009年5月24日 (日)

 アジサシ 九十九里浜

 5月14日、三番瀬に出かけた。特に目当ての鳥がいたわけではない。三番瀬での鳥見ブログのいくつかに、数日前からサルハマシギ、オバシギやコオバシギの夏羽が見られたとの記事があった。渡りの鳥たちの夏羽を見るには、場所も良いし時期も最高である。タイミングが良かったようだ。既にオオソリハシの夏羽は堪能したが、私もまだ見残しの渡り鳥たちがいるのに気付いた。促されるような気持ちになって、朝早めに家を出て午前8時前に三番瀬に着いた。

 潮が引き始めた頃で、小さな干潟が波打ち際に現れたばかりだった。その干潟に数種、数羽のシギ・チドリ類が採餌していた。既に10数名のバーダーがいたが、そんな時間帯を見計らって訪れたに違いない。カメラ・レンズの向きを見ると、それぞれが思い々の鳥たちを撮っている様子で、一つの鳥に狙いを定めているわけではなかった。目の前に群れる鳥たちだから、朝日を背にすれば撮り易い。干潟が広がるにつれて、どこから飛んできたのか分らなかったが、渡り鳥たちが次から次へと現れた。いつの間にか数も種も増えていた。

サルハマシギ
オバシギ

 目の前にいる鳥たちを、気ままに撮るのは楽しい。それでも知らないうちに赤くなった鳥ばかりを追いかけるようになる。サルハマシギがいた。真っ赤な夏羽には今一だった。胸に黒い斑点をもった夏羽オバシギもいた。これも背羽がもっと赤くなるまでに今少し間があるようだ。コオバシギの夏羽が見られなかったのが残念だったが、トウネン、ミユビシギ、メダイチドリ、ハマシギの夏羽も見た。オオソリハシシギは一段と赤くなっていた。
 この時期、三番瀬は旬である。

 サルハマシギの真っ赤な夏羽の個体が、翌日の朝日新聞地方版に紹介されていた。私が見たサルハマシギよりも夏羽が進んでいるように思えた。どうやら、複数の個体がいるようだ。

 午前10時頃には、干潟が沖合い100mくらい先まで伸びた。アジサシの群れが飛翔を繰り返していた。100羽以上の群れだったが、遠くのビルを背景にした飛翔姿は、毎年見馴れた故か、これもまた三番瀬の渡りの時期の風物詩に思える。この時期はコアジサシよりもアジサシが多いのだろうか。

 5月21日、三番瀬のアジサシを見て1週間後、九十九里浜に出かける気になった。もしかしたら、太平洋沿岸の広大な海辺で、アジサシの渡りを見ることが出来るかもしれないと思ったからである。アジサシは、コアジサシと違ってその殆どが国内を通過するだけで、繁殖地に向かう今の時期は中央アジア北部やシベリア、カラフトやカムチャッカ半島までの北上途中にある。

 コアジサシは、千葉市の造成海岸砂浜や九十九里浜の特定地域で繁殖するのは知っていた。人が近づくと、警戒して啼きながら頭上をモビングに及ぶ。アジサシは人気のない場所を選んで営巣するとのことなので、コアジサシよりは遥かに警戒心が強いのだろう。

 片貝海岸から始まって、九十九里浜にあるいくつかの海水浴場の浜辺の様子を見ながら北上することになった。海水浴場によっては、驚くほど大群のアジサシが羽を休めていた。

アジサシ
アジサシ
アカアシアジサシ

 上段映像に見る群れは、木戸浜海水浴場で見たものである。およそであるが1000羽を優に越える数ではなかろうか。双眼鏡で海岸を更に見渡すと、遠い砂浜に同じ程度の数と思われる他の大群を見た。その日は、晴れてはいたものの海岸は薄靄がかかって遠くまで見えなかった。それにしても、その二つの群れを合わせただけでも驚くほどの数となる。強力な渡りをする鳥たちと野鳥解説書にあるが、この大集団で移動すれば外敵を避けるのも容易だろう。しかし、これだけの数が繁殖期を過ごす場所となると、そう簡単にあるものではなかろうと思う。

 アジサシの中に珍し系がいないものか、念を入れて見た。亜種アカアシアジサシがいたが、他に珍し系は見なかった。波打ち際では、オオソリハシシギ、トウネン、ハマシギの夏羽を見た。三番瀬とは、また異なった味わいがあった。

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2009年5月20日 (水)

 対馬 渡りの鳥たち(3)

 三日目は、対馬の上の探鳥地を回ることにした。佐護を中心として、舟志(しゅうし)、琴、小鹿、茶屋隈峠、仁田の内、田の浜、三根(みね)と回った。その地の多くは、過去にヤマショウビンが現れた所だった。先日までの鳥見成果では、来年もしくは秋にでも、再び対馬を訪れることがあるかもしれないと思った。上県町、上対馬町そして峰町の地理を知っておきたかった。

 かなりの強行軍が予想されたので、例によって朝食を弁当仕立てにしてもらい、早朝5時に宿を出た。佐護まで2時間近くかかり、着いたのは午前7時半頃となった。

 今回の対馬鳥見旅はヤマショウビンに的を絞ったとは言え、正直なところ、やはり見ておきたい鳥は他にもいる。アカガシラサギ、シマノジコ、ブッポウソウ、ムクドリ珍し系などは、その代表格だった。佐護でも、最も期待した鳥はヤマショウビンだったが、アカガシラサギとシマノジコはその2番手に並ぶ鳥たちだった。佐護に着いてからは、絞った的は次第にゆらぎ始め、見たい鳥ならばどれでもよいと思うようになった。

 国道382号線から佐護湾に向かう道が分岐する手前に、左手に流れる佐護川支流を渡る橋がある。その橋を渡ると佐護小中学校周辺の水田地帯に出た。探鳥地佐護を訪れる場合の最初のポイントである。水田地帯にいるかもしれないアカガシラサギを求めてゆっくりと車を進めたが、見なかった。水田地帯の周りは笹薮を中心としたブッシュであるが、ホオジロ系の渡り鳥たちの適当な隠れ場所でもあって、珍し系を見ることも多い。しかし、鳥影は殆ど見なかった。

 佐護小中学校脇を通り抜け、佐護湾方面に向かう道に出た。道路脇の電線にモズが止まっているのを家内が見つけた。双眼鏡で見ると、逆光ながら額が白く、それは線状となって眉斑に連がっていた。頭部から背羽にかけて茶褐色だったのでアカモズだろうと見当をつけた。後で映像を確認すると風切羽に白斑が無かったので、その見当は間違っていなかった。亜種シマアカモズは何回か見ているが、どういうわけかアカモズは初めてだった。
 念のため撮っておくことにしたが、交通量が意外に多い。三脚を立てる余裕もなかったので、カメラ・レンズを手持ちにして車の屋根で支えながら撮った。

アカモズ
アカモズ

 一台の車が前に止って、バーダーが運転席からそのモズを撮り始めた。モズが飛んで見えなくなったので近寄って挨拶すると、運転席から降りて来られてアカモズでしたねと挨拶代わりの返事があった。そして、今しがた回ってきた水田地帯の更に南にある水田地帯でアカガシラサギとナベヅルを見ましたよと教えて頂いた。どうも顔を見たことがある方だったので、話かけながらも懸命に記憶を辿った。昨年10月佐護の塩田を訪れた際に、マミジロタヒバリがいると教えて頂いた方だった。その節のお礼を述べると思い出されたようで、あの時はヨーロッパビンズイも見たんですよ、と話がはずんだ。
 後日、Sさんにその時の話をすると、その方は旅立ちの前に何回となく見ていた対馬の野鳥に関するホームページ「対馬野鳥図鑑」のオーナーのKロさんであると教えて頂いた。

 Kロさんに教えて頂いた通りに、アカガシラサギを求めて国道を後戻りし、再び水田地帯に入った。ダイサギやアマサギが群れていて、その中に一羽のナベヅルがいた。

ナベヅル

 しかし、アカガシラサギは見ない。探している内に、迷って農家の庭先に入り込んでしまった。慌てて通ってきた道を戻り、再び佐護小中学校脇に出ると、佐護川脇に車を止めて鳥待ちをしているバーダーの車とすれ違った。窓越しに挨拶してアカガシラサギを見たかを訊ねると、控えてあったメモを見ながら、近くの佐護川沿いにある民宿で対岸にある木の枝に止っているのが見られたようですよと、気さくな情報提供を頂いた。この方にも以前お会いした気がしたのであるが、その時はどうしても思い出せなかった。
 家内は、アカガシラサギが木にも止まるのかとびっくりしていた。

 民宿を探したが見つからない。仕方なく次の予定を立てた。椋梨の野鳥観察所に寄った後、Sさんから聞いていたコイカルが見られたという大岩橋方面に向かうことにした。椋梨に向かうには道路を左折して佐護川を渡るのであるが、その手前で対向車線を来られたKロさんに再びお会いして、また鳥情報の交換となった。椋梨の野鳥観察舎の山側にある道路で、ノジコに混じったシマノジコを撮りましたよと、デジスコで撮られた綺麗な影像を見せて頂いた。教えてばかり頂いて恐縮だったが、早速その場所に向かった。

 それらしい場所に着いて、ゆっくりと車を流しながらポイントの道の往復を繰り返した。とりあえずシマノジコよりも数が多いノジコの群れを探した。草叢にいることが多い鳥たちである。一目でそれと分る場所に飛んで来るのを待つのは、忍耐と根気を要する。1時間近く経っても、黄色と赤のツートンカラーのシマノジコは見なかった。しびれを切らして大岩橋のイカルを見に行こうかと何回か家内に相談したが、その度に気の短さを注意される始末だった。

 そんなことで、また暫く時間が過ぎた。道路の右端に比較的大きな木があって、こんな木の横枝に期待の鳥が来てくれたらなと思いながら通り過ぎる寸前だった。車の右脇の草叢から鳥が飛び立ち、その木に向かって飛び込んだ。そして、木の中枝に止まって身を隠しながら私どもを見た。なにやら黄色い気がした。双眼鏡で鳥を見ていた家内が、「これよ、シマノジコよ」と大きな声を出した。少しばかり鳥は移動してほぼその全身を見せた。私の双眼鏡でも、黄色の躯幹と赤茶色の背羽、翼羽が見えた。
 疑いもなくシマノジコ雄だった。

シマノジコ♂
シマノジコ♂
シマノジコ♂

 さあ、大変なことになった。マミジロキビタキを撮り損なっているので、シマノジコも撮り逃がしたら目も当てられない。素早い身の動きが必要だった。どうも最近の私の身体は、急げば急ぐほど動作はもたもたすることが多い。車から降りたら飛ばれることは必至なので、エンジンを止め、窓からカメラ・レンズを出してサイドミラーに乗せて撮ることにした。兎に角、証拠写真だけは必要だった。一呼吸入れ、ファインダーに見える鳥を点検する余裕が出来た。鳥の姿は如何にも小さい。距離は10m強であろうか。鳥の大きさを考えれば、500mmレンズでも遠かった。少しでも近づきたかった。エンジンをかけようとして、また家内に制止された。

 それでも、シマノジコはサービスがよかった。距離を保ったためだろう。証拠写真は充分に撮った後は、当然欲が出るものである。鳥に近付くには、強力な反対者が助手席にいた。仕方ない、距離をカバーするには三脚の助けが必要だった。音を立てず、そっとドアを開け、ドアの陰に隠れるようして素早く降り、手に抱えた三脚を車の後ろに立てた。シマノジコは飛ばずにいてくれた。そして、カメラ・レンズを取り付けることが出来た。

 暫く撮り続けた後、シマノジコはその木の下の左側の草叢に舞い降りた。また戻るだろうと思って待つことにした。しかし、なかなか戻らない。家内の反対を押し切って、そっとその草叢近くに寄った。途端に、シマノジコ、ノジコの群れが一斉に地面から飛び立って、更に山側にある離れた木立に飛び込んでしまった。家内の顔を見ると、それご覧なさいといった表情だった。陽だまりの草叢にノジコが一羽残っていた。

ノジコ

 後方から車が来て、私たちの後ろで止まった。急いでいる様子はなかった。先ほど佐護川べりでアカガシラサギが見られた民宿を教えて頂いたバーダーだった。車から降りてこられて、何を見ているのかと訊かれるのでシマノジコ雄を撮っていたことを告げると、どうやら地元のバーダーらしく、あまり驚いた風でもなかった。鳥見話に及んで、参考になればと「対馬のバードウォッチング~国境の空を舞う野鳥たち~」対馬観光物産協会・製作協力:対馬野鳥の会のパンフレットを頂いた。

 パンフレット内容の紹介をして頂いている内に、やっとそのバーダーが「野鳥通信~対馬から~」のオーナーである通信使さんと分った。「対馬野鳥図鑑」と並んで、対馬の野鳥を紹介する代表的なホームページで、旅の前に何回となく目を通したものである。昨年4月、美津島のミゾゴイを教えて頂いたのであるが、情けないことにすっかり失念していた。

 通信使さんは実に気さくな方である。その後、塩田に見られたらしいカラシラサギを確かめに、佐護川土手を進んで行かれた。後をついていったが、カラシラサギは見ることがなかった。次いで、大岩橋に向かった。橋の手前にあるバス停留所脇の木立は、Sさんによればコイカルが現れた場所であるが、通信使さんもそこで昨日までコイカルを見たとのことだった。しかし、渡りの小鳥たちは、そう何時までも留まってはくれなかった。

 シマノジコを見ていくらか気分的に落ち着いたのか、佐護を離れて他の探鳥地を回ってみる気になった。佐護のヤマショウビンは通信使さんから頂いたパンフレットで満足することにした。

 田の浜に向かって南下するか、舟志方面に向かって北上するか迷った。別なバーダーから佐須奈の水田でアカガシラサギを見たと聞いて、舟志に向かうことにした。結局、佐須奈でもアカガシラサギは見なかったし、琴、小鹿と経て茶屋隈峠まではコウライキジを見ただけで特別な収穫はなかった。茶屋隈峠では、オオルリ、キビタキ、サンコウチョウの啼く声がふんだんに聞こえた。田の浜では、先々日Sさんが見られたタカサゴモズに期待して夕刻近くまで粘ったが見なかった。

 長距離運転手になってしまった。それに見合った収穫もなかったので、老骨にはなんともこたえたドライブになった。結局、三日目の収穫はシマノジコということになろうか。綺麗な鳥だったので感激もしたが、初見の鳥だったからかもしれない。四日目は、早朝から再び浅藻の八丁郭に行き、午前9時までヤマショウビンの出を待った。結局、他にも収穫なく、時間切れで空港に向かうことになった。

 帰宅して、対馬の野鳥に関するホームページを見ると、その四日目に、田の浜にヤマショウビンが入った記事が載っていた。こんな調子では、来年も対馬詣でが続くかもしれない。

 
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 三日目の夕食後、例によってSさん宅にお招きに預かり、ビールをご馳走になった。そして昨年秋からの冬鳥の映像を見せて頂き、楽しい一時を過ごすことが出来た。何時ものことながらの暖かいもてなしに、家内共々心から感謝している。
 
 

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2009年5月17日 (日)

 対馬 渡りの鳥たち(2)

 渡りの鳥たち(1)の末尾に、滞在期間内に地元のバーダーたちが見て私どもは見なかった鳥たちを、後日追加した。私どもが見た珍し系の渡り鳥は、例によって数も少なく、今回の対馬鳥見行でも収穫が少なかった。経験不足は承知なので、致し方ないと思っている。追加した鳥たちは、対馬の野鳥に関するホームページを見たり、Sさんの話を聞いたりして参考にした。その多くは、今回の対馬訪問で私どもが是非見たいと願っていた鳥たちであるから、挙げた鳥種に関してはかなり恣意的である。シギ・チドリ類に関しては、ごく普通の鳥たちもいた筈だと思っている。

 私どもの滞在期間内に、対馬で羽を休めた鳥種を数えれば、如何にその数が多いかは明らかである。このことは、対馬鳥見行の奥深い所を物語っていると思う。希少な渡り鳥を眼で見るのは精々1、2日の間でしかないし、対馬は広い。一人で全ての鳥たちを見るには身体が三つか四つくらいないと出来ない。けれども、その鳥種の多さは、対馬が舳倉島等と並ぶ第一級の渡り鳥探鳥地であることを知るに充分である。余裕があるならば、じっくりと腰を落ち着けた鳥見行をしたくなるが、そんな想いが発展して季節移住するバーダーもいると聞いている。

 鳥見成果に乏しかった現実を振り返ると、日を追っての鳥見行録はあまり面白味がないかもしれない。

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 対馬に着いた。対馬空港近くでレンタカーを借りた。取りあえず内院に向かいながら、対馬の厳原町地区をフィールドとするSさんに電話で近況を聞くことにした。Sさんは、丁度その時、上県町の田の浜にタカサゴモズを見に行く途中で、運転の最中であったらしい。内院にマミジロキビタキが入っていると教えて頂いた。そのまま内院に向かった。
 マミジロキビタキは内院に着いて直ぐに見られたわけではなかった。Sさんによれば、近くの山林を巡回しているらしく、ポイントに現れるにはかなりの時間がかかるようだった。暫く他所を廻って内院に戻りポイントで待っているとやっと現れた。慌ててレンズ先端を車の窓から出し、撮る体勢まではこぎつけたが、シャッター押す間もなく飛ばれてしまった。私ばかりでなく家内も見たので、それで良しとしなければなるまい。
 その後、何回かこのポイントに車を停め、休憩を兼ねてマミジロキビタキの出現を待ったが見ることはなかった。

  オオルリ、キビタキ、ノビタキ等の姿は全く見なかった。その渡りの時期は既に去ったようだ。昨年、夏鳥たちが飛び交って不思議な国に迷い込んだ感じの浅藻の村は、精霊たち抜けた跡の如くに見えた。

 浅藻の山手にある八丁郭に行き、ヤマショウビンの出を粘って待った。しかし、現れそうにもなかった。内院、浅藻、豆酘、瀬と廻ったが、第一日は目立った収穫もなく終わろうとしていた。宿泊先に引上げることになったが、夕食まで時間があるので近くの港兼運動公園のゆったりランドに行くことにした。この数日雨が降らないこともあって、公園広場は干からび、前方の広場の端を走る車は砂塵を巻き上げていた。

 草もまばらな手前の地面で、3羽の小さな鳥が何かを啄んでいるのを家内が見つけた。双眼鏡で確かめるとキマユホオジロだった。こんな所にいるのかと不思議だった。疲れている上に空腹だったのだろう。一心不乱に採餌していて、車でかなり近寄っても飛ばない。夕日を浴びて黄色に輝く眉斑が見事で印象に強く残った。名前の由来は、その黄色の眉以外には無いと自然に了解である。家内には初見の鳥だったので、唯一のアクセントであるその黄眉に感嘆の声を上げていた。
 30分程して、再びキマユホオジロを見に戻ると、地面から薄や蔦枝に移り群れていた。如何にもホオジロらしかった。近寄ると小さな啼き声を上げて空に散った。

キマユホオジロ
キマユホオジロ
キマユホオジロ

 二日目は、ヤマショウビンに的を絞ることにした。浅藻のポイント八丁郭に早朝に着いた。やかてSさんご夫妻も見えた。ヤマショウビンがよく止る電線を見ていたSさんが、アカハラダカがいると教えてくれた。見ると電線に猛禽が止まっていた。南に渡る時のアカハラダカは対馬の内山峠を経て台湾、東南アジアに向かうが、北へ向かう春の渡りの時は大陸沿岸を通って繁殖地に向かう。その時期、渡りのアカハラダカを対馬で見ることは少ない。

 昨年10月、タカの渡りを見に内山峠を訪れた折、峠近辺の林で雌のアカハラダカは撮ることが出来たが、雄は撮っていなかったのを思い出した。雌雄の別が定かでなかったので、出来るだけ近くに寄って撮ろうと思った。鳥からは陰になっていた道を出た途端、電線の猛禽はサシバに変わっていた。サシバがアカハラダカを追ったらしい。そのサシバも私たちが近づいたので、遠くの山裾にある杉の梢に飛び去った。梢と背景にある遥か彼方の山腹の緑が気に入って、2倍テレコンを付けてサシバを撮りまくった。朝の陽の光を浴びたサシバは遠かったものの、私としては充分満足出来る映像を得たと思っている。 
 暫く時間を費やしたが、猛禽が飛ぶようではヤマショウビンが出てくることもなかろうと思った。

サシバ

 Sさんご夫妻は、内院でホオジロ類が入っていないか確かめたいとのことで、一まずそこで別行動となった。

 瀬漁港に寄ったが鳥影は少なかった。のんびり型のヤツガシラでもいないものかと願ったが、そんな期待をするようでは対馬鳥見行の年季が足りない証なのだろう。再び浅藻に戻ることになったが、途中でキジの啼く声がした。かなり近かった。関東であれば、そのままやり過ごしてしまうところだったが、ここ対馬では関東で見られるニホンキジはいない筈で、全てコウライキジである。コウライキジは渡り鳥ではないが、昨年は撮り損なっていたことを思い出した。今は繁殖期で、雄が雌をつれて縄張りを見回る姿を見ることが多い。

コウライキジ
コウライキジ

 草叢から雄のコウライキジが全身を現わした。遠いながらも、草叢をゆっくりと横切る姿を存分に見ることが出来た。本州のニホンキジ雄も華麗であるが、コウライキジはそれよりも遥かに色模様が派手である。上下眼瞼付近の皮膚は赤く大きく強調されている。眼はその中にあるのはニホンキジと同じであるが、躯幹、尾羽が緑っぽいニホンキジに比べてコウライキジは明るい褐色系であり、黒い斑点模様の混入も目立つ。
 何よりも目立つ違いはコウライキジの首に白い蝶ネクタイ様の輪状紋を見ることではなかろうか。えらく洒落たアクセントに感心してしまう。鳥の容姿に関して合目的的論者である私としては、あれこれと想いを馳せてしまう。

 なにはともあれ、ニホンキジとコウライキジ両者の模様の違いは一目瞭然だった。それにしても遠かった。生地の姿を思うには、映像では詳細が今一なのが残念である。

 ウィキペディアによれば、世界的に見ればコウライキジの方が普遍種で、亜種は30種以上になるという。ニホンキジは限局した種で固有種とされているが、コウライキジとの間には容易にハイブリッドが存在するらしく、ニホンキジが独立した種であることを疑問視する見解も記載されていた。興味が湧いてくる。

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2009年5月14日 (木)

 対馬 渡りの鳥たち(1)

 昨年の4月中旬、初めて対馬を訪れた。渡りの時期としては、オオルリ、キビタキ、ノビタキ、そしてセンダイムシクイ等が羽を休めた最盛期で、夏鳥たちのオンパレードを見た。美しい鳥たちを充分に堪能した鳥見行だったと思っている。しかし、訪れた時期は、出会いを願っていたヤツガシラを見るには遅すぎ、ヤマショウビンやホオジロ類希少種を見るには少しばかり早過ぎた。

 教訓は、渡り鳥たちのメッカである対馬の鳥見行は、どんな鳥を見たいのか事前に決めておくことが大事ということか。見たい鳥によっては、シーズン内にあっても、時期が微妙に異なってくる。地元のバーダーの話を聞くと、シーズン中にある種の鳥が対馬上空を渡りきる期間はせいぜい10日間前後であって、それを過ぎるとその種の鳥を見かけることは極めて少なくなるようだ。まして、その種の個の鳥が羽を休める期間は更に短く、精々1~2日程度でしかない。対馬では、情報を得た翌日に出かけるような鳥見行では、その鳥を見ることが出来たら極めて幸運なバーダーということになる。

 5月5日から8日までの4日間、対馬で鳥見行をした。今回も、有難いことに昨年同様に家内の同行があった。遠目の利く同伴者は、短期間で鳥見成果を挙げるには協力な助っ人である。

 出かける前に、何時もの如く対馬のバーダーのSさんに今年の渡りの状況をお聞きした。連休期間とその後の10日間くらいが、ヤマショウビンを見る確率が最も高い時期とのことだった。今年はヤマショウビンにかけた旅程とした。ある意味では賭けのようなものだが、あれこれと欲張っても仕方ないと思ったからである。その旅程内でヤマショウビンを見られるかは鳥様次第ということになる。

 早朝、羽田空港を発って、午前10時40分には対馬空港に着いた。関東地方では雨交じりの日が続くとの天気予報だったが、対馬では晴天続きの予報だった。与那国島や舳倉島に比べ、対馬は離島というにはあまりにもでか過ぎる。しかし、島であることには変わりない。晴れの日が続くと渡り鳥たちは先を急ぎ、羽を休めることは少ない。雨風が強まると、一時的に難を逃れて地上で時を過ごすことになる。従って、晴天続きというのは、離島の鳥見行ではあまり歓迎されない。

 出発前、地元の渡り鳥情報は丹念に見た。4月末日、ヤマショウビンが見られたとの鳥見ブログがあった。なんとかなるのではとの期待が膨らんだ。

 結論を先にすると、対馬滞在の4日間、ヤマショウビンを見ることはなかった。その間、ヤマショウビンが現れなかったわけではない。帰宅して対馬の野鳥ホームベージのいくつかを見ると、対馬を去る5月8日、上県の仁田の内という集落にヤマショウビンは現れたそうだ。その日対馬にいた島内外のバーダーの多くが駆けつけたらしいが、帰路の飛行便時刻ではとても間に合わない時間だった。ま、ついてない時はこんなもんかと思う以外にない。

 今回の鳥見行で見た鳥たちは、以下の48種である。この中から、私が気に入った鳥で撮るチャンスに恵まれたのを選び、2回ほど夏紀行として載せようと思っている。

 ハシブトガラス、ハシボソガラス、カケス、ムクドリ、コムクドリ、スズメ、カワラヒワ、アオジ、ノジコ、シマノジコ、キマユホオジロ、ホオジロ、メジロ、シジュウカラ、ヤマガラ、エナガ、センダイムシクイ、オオヨシキリ、ウグイス、マミジロキビタキ、イソヒヨドリ、アカモズ、ヒヨドリ、タイワンハクセキレイ、キセキレイ、コシアカツバメ、ツバメ、コゲラ、カワセミ、キジバト、ウミネコ、イソシギ、アオアシシギ、コアオアシシギ、ナベヅル、コウライキジ、サシバ、ミサゴ、ハチクマ、オオタカ、アカハラダカ、カルガモ、アオサギ、コサギ、ダイサギ、チュウサギ、アマサギ、サンコウチョウ(s)、オオルリ(s)、キビタキ(s)

 追加:
 この時期の対馬では以上の鳥たちしか見られないのかとの誤解があると困るので、地元のバーダーたちが期間内に見た他の鳥たちを挙げておく。
 コウライウグイス、タカサゴモズ、カラアカハラ、ノゴマ、マミジロ、コサメビタキ、ヒメコウテンシ、マミジロツメナガセキレイ、アカガシラサギ、クロツラヘラサギ、カラシラサギ、ツリスガラ等々。

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2009年5月10日 (日)

 河内町 オオタカ

 5月4日、シギ・チドリの春の渡りを見たいと思って、暫くぶりに北印旛沼方面の鳥見に出かけた。特に見たい鳥がいたわけではない。与那国島鳥見旅の後、暫く仕事で忙しかったので、鳥見行は関東地方鳥見ブログを見渡すことで誤魔化していた。コシャクシギが谷津干潟、北印旛沼に現れたとの鳥見記録を見た。与那国島で見損なった珍し系が関東地方で見られたとの鳥見経過を読むと、内心少しばかり損をした気にもなる。ま、こういうこともあるさと己に言い聞かせるしかなかい。

 北印旛沼では鳥影は少なかった。チュウシャクシギが一羽で田の畔にぽつねんと手持ち無沙汰にしているのを見た。寂しい限りで、これじゃ仕方ないと思い、利根川を渡って河内町まで脚を伸ばすことにした。ムナグロ、コチドリ、チュウシャクシギを見た位で、拍子抜けしてしまった。しかし、チュウシャクシギだけは、あちこちの早苗田に飽きるほど見た。年々個体数が減るシギ・チドリ類にあって、チュウシャクシギは逆に増えている種の一つだと聞いている。なんだかそれが頷ける光景に思えた。

 3年前まで、多くのバーダーを賑わした河内町の麦畑は、殆どが水田に変わっていた。そして、その多くは田植えを終えていた。この調子では、今年もここ河内町で秋の渡りを見ることは無理だろうなと思った。

 その水田の畔の向こう側に、上半身だけであるが大型の鳥影を見た。双眼鏡で確かめている間に、鳥は畔の上に上がってきた。オオタカだった。嘴と脚を使い、何かを田の水面から畔へ引き上げた。獲物を田の畔に近い所で仕留め、それが食べ易い畔に引上げた様子だった。すぐ毛を毟る動作が見てとれた。距離は7、80mはあって、撮るにはいかにも遠い。けれども近づけば飛ばれることは明らかである。遠いながらも撮れるだけ撮っておこうと、2倍テレコンを付けた。

オオタカ

 オオタカは私の車に気がつき、暫くの間、警戒しながら見ていた。私が動かないのを確認してから獲物を料理し始めた。獲物は、既に赤く血にまみれていた。足趾まで黒くて細長い二本の脚が見えた。ダイサギにしては小さい。その大きさから推定してシギ類だろうと思われたが、もしかしたら、チュウシャクシギかもしれない。オオタカの食事場面は撮ったことがなかったので、よい機会だと思った。食事に集中している間に少しづつ近寄ることを考えた。
 ところが、5分も経たない内に、この辺りの原住民であるカラスが、数を頼んで3羽でオオタカのいる畔に降りてきた。

カラスとオオタカ

 カラスの陽動作戦は巧みだった。もっとも細長い畔の上であるから、オオタカを挟むようにして左右に一対一で対応するしかない。勿論、カラスの目的はオオタカを攻撃して倒すことではない。オオタカが仕留めた獲物を横取りすればそれで充分なのである。カラスとて、オオタカの猛烈な爪の威力は承知なのだろう。

 向かって右側のカラスが仕掛け役だった。少しずつ、寄ってきてはオオタカの注意を自分に引き付ける。そのカラスに向かってオオタカが威嚇に舞い上がると、左手のカラスがさっと餌に近づく。オオタカもそれは充分承知のようで、右手のカラスを脅したと思うと、素早く駆け足で獲物に戻るのである。慌てて戻る様子が少しばかり滑稽な光景に見えた。カラスの残り1羽は、時折オオタカの頭上を飛んで、オオタカの注意を逸らせる役目だった。

オオタカを誘うカラス
カラスとオオタカ
カラスとオオタカ

 餌の争奪戦の様子が面白く、決着つくまで見届ける気になった。

 左右のカラスを追いやって争いが小休止となった時に、奇妙な光景が見られた。オオタカが餌を食べ始めようとすると、右側のカラスがオオタカに再び近づいてきた。尻尾からオオタカに近づくのである。俺は、争いとは無関係だよと言わんばかりに顔はオオタカと反対方向に向け、脚だけは一歩づつそろりとオオタカに近づけて行く。明らかにフェイントのつもりらしかった。どうやら仕掛けの戦術を変えたようである。オオタカは、逆方向から来るカラスに注意を向け、一瞬気を許した如き雰囲気も見られた。それでも、余りにもカラスが近づくとやはり追い飛ばす以外にない。すると、先ほどまで空を飛んでオオタカの注意を逸らしていたカラスが、今度は、畔の向こう側の水田に隠れて餌に近寄っていた。慌ててオオタカは餌に戻った。
 30分以上、こんな攻防戦が続いた。

カラスとオオタカ
カラスとオオタカ
カラスとオオタカ

 結局、カラスは次の手立てを思いつかず、力の無いものは餌を諦める以外になかった。オオタカの貫禄勝ちと言ったところか。カラスは3羽とも引上げ、オオタカは悠々と食事を終わった。食べ終わるまでに、少しばかり近くに寄ることが出来て下の映像を撮ることが出来た。
 オオタカは、私を睨みつけて飛び去った。

オオタカ

 オオタカ成鳥を近くから撮る機会は多いものではない。まだ若い、精悍な感じのオオタカだった。

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