ベニアジサシ
福岡県大牟田市の有明海沖にある三池島は、ベニアジサシの北限繁殖地として知られている。三池島は、1970年三井三池炭鉱が通気坑を目的として作った直径90mのコンクリート製人工島である。廃坑に伴って使用されなくなってからは、初夏になると空地にベニアジサシやコアジサシたちがやって来た。やがて人間は完全に撤収し、その役目を果たし終えた1994年頃になると、島は鳥たちの繁殖地に様変わりし始めた。
チェルノブイリ原子力発電所を思いだす。大事故の後は廃墟と化したが、人が居なくなった発電所周囲の環境は、放射能汚染に気付かない鳥や獣たちが自由に、気ままに過ごせる所となった。人間だけが、他の生き物の生息地を狭めてきた。人が去れば生き物は戻ってくる。当り前な現象である。
三池島は、無人でもある。陸上にいる天敵も、沖合2km先とあっては近寄り難い。年によってばらつきはあるが、多い年には600羽前後のベニアジサシが繁殖のために訪れる。同じような人工島が奄美大島にあると聞いているが、うまいところを見つけたもんだと思う。それにしても、ベニアジサシ繁殖地は南西諸島であるとは昔の定説になったようだ。繁殖地を一挙に有明海沖まで北上させた背景には、地球温暖化があるのかもしれない。
アジサシ類は、人間が営巣地近くに寄ることを嫌う。ベニアジサシは、周囲に人影が頻繁となると、抱卵中ばかりでなく育雛中であっても、突然全てを放棄して営巣場所を変えてしまうことがある。沖縄では、観光客が増えたために、ベニアジサシの繁殖数が減ったとも言われている。我らが馴染みのコアジサシでさえ、営巣地に近づく人間には、あの敵意を込めた不機嫌な啼き声あげてモビングに及ぶ。さもありなんと思うから、なるべく近寄らないようにしている。
大変気難しい鳥たちなので、普段から対応に気をつけねばと思っている。
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6月25日、九十九里浜のいくつかの浜を寄り道しながら銚子方面に向かった。飯岡では、先客のバーダーがいて海辺と砂浜を行き来しているアジサシ類を撮っていた。挨拶をして何か珍し系が来ているかを問うと、ベニアジサシが2羽でいますよという。赤い嘴のアジサシ類を、双眼鏡で丹念に見つけることにした。見つからないので思わずぼやきがでたら、バーダーはご自分のスコープの照準器を覘(のぞ)くように促し、ベニアジサシがいる場所を適切に教えてくれた。有難いことだった。嘴はまだ黒いが、脚は鮮やかに赤く、頚部から前胸部にかけてほのかなピンク色をしていた。嘴はこれから赤くなるのだろう。


ベニアジサシは、一見白っぽいことで、周りにいるアジサシ類とは異なった。最大の違いは赤い脚と、ほのかなピンク色をした前胸部である。更に違いを挙げれば、ベニアジサシの白い尾羽は、飛べば深い切れ込みを持った燕尾状になり、静止している時の翼羽は尾羽端を出ないことか。しかし、数多い遠いアジサシの群れからベニアジサシを見つけだす最も簡単な方法は、やはり、一見して白っぽい鳥を探すことである。その翼背羽がアジサシよりも薄い灰青色をしているので区別し易い。
視覚的には、確かに赤い脚は目立つ。この脚のおかげで、周りの砂浜まで不思議に明るくなった気がする。しかし、人の情感に訴えるのは、前胸部にかけて浮き出たように見える淡いピンク色ではなかろうか。なんとも上品な、そして艶のある色合いに見える。この日は晴れだったが、日差しが途切れた時間帯こそ、尚更よく映えて美しかった。強烈な日差しのもとでは、この上品な色合いは溶けてしまいそうに思えた。
バーダーの話を聞くと、昨日もこのペアのベニアジサシを見たとのことだった。幸いにして、雄が雌を誘ってダンスをするディスプレイを見たとし、交尾場面も見たと言われた。確かに大きさが異なった2羽だった。大きい方が雄ではなかろうか。残念ながら、ディスプレイダンスは見られなかったが、お互いに付かず離れずを心がけているペアだった。大牟田市三池島からこの地まで、繁殖場所が更に北上することはまさかなかろうと思うが、なにやら気がかりである。
アジサシの数は全体で100羽程度だったが、1時間弱の間隔で、全てが飛び出しては海面を乱舞し、また砂浜に戻っていた。シャッフルされて、新たにその姿を求めることになる。これが結構楽しい。飛翔姿もゆっくりした飛び立ちなので、尾羽の切り込みの強い燕尾が見えた。それにしても遠かった。目が撮れないのは、私から見ればデジスコの距離である。時折、砂浜から波打ち際まで降りてきてくれるが、願うほどには近寄ってくれない。
英語名は Roseate Tum とある。イギリスやアメリカ東部海岸でも繁殖する鳥たちだから、その文化圏内ではよく知られているに違いない。呼び表すのに、「薔薇のように明るい」といった形容詞の roseate を付けられて、如何にも 万人が好みそうな名前を頂いている。Wikipedia(英文)によれば、胸部に見えるこのピンク色こそが、鳥の英語名の成り立ちなのだとの解説があった。
日本語(もしくは漢字)では、ベニアジサシ(紅鰺刺)で、名前からは嘴、脚の赤色を先ず連想する。石垣島や奄美諸島のサンゴ礁海岸岩場で、灼熱の太陽に焙(あぶ)られた赤い嘴をみれば、まさしく、これこそベニアジサシだと思うに違いない。しかし、この日のベニアジサシは、私が見ても roseate だなと思った。
ベニアジサシは、長期間滞留する鳥ではない。この歳時記が載る頃には、南に、あるいは北に飛び去っているに違いない。これからの九十九里海岸では、多くはないが見る機会のある鳥だと思っている。しかし、見られる期間は短い。




















































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