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2008年8月16日 (土)

 シギ・チドリ(2) 休耕田でタマシギ他

 立秋となった。暦(こよみ)上の秋であるが、この日がくると、涼しい風がさっと通り過ぎたかのように感じる。実際は、頭(こうべ)を垂れて猛暑よ早く去れと念じる日が続いている。

 しかし、秋とも聞けば休耕田のシギ・チドリ類が気になる。朝から暑い一日であったが、やはり見に出かけた。行く先は、この3年間通い馴れた茨城県河内町の休耕田である。昨年は7月末頃になると、平日でも数台の乗用車が畦道に並び、バーダーがそれぞれ鳥たちを撮っている光景が見られた。私も、この数年、8月になると毎週のようにこの休耕田を訪れて、日替わりメニュ―で見られる多くのシギ・チドリ類を楽しんできた。
 今年も8月が楽しみであった。

 それがどうしたのだろう、昨年と同じ休耕田であるが、そのどれにも水が張られていない。田の一つ一つを見ると、麦の収穫はとうに終え、田起しも均しも終わって、直ぐにでも水が張れる態勢になっていた。しかし、このままではチギ・チドリ類は羽を休めようがない。はて、何かあったのかなと思った。こんな光景を見ると、あまり良い予感は湧いてこない。昨年、一昨年と多勢のバーダーが車でおしかけ、休日になると狭い畦道は交通渋滞が生じていた。あと2週間もすれば稲の刈入れが始まる。水が張られる機は、既に無い。いずれ、事態の背景が洩れ聞こえるであろうが、なにやら気懸かりである。

 仕方なく、国道408号線を横切って新利根川沿いを佐原方面に向かい、休耕田を探しながら移動することにした。暫らく行くと、水が張られた休耕田が、5、6枚連なっている場所が見えた。

 直ぐ目に入ったのは、コチドリの大集団である。初秋になると、まるで地中から湧いてきたような大群で見かけるが、やがて、秋も進むと小集団となり、冬場は単独で過すのを見かける。謂わば、シギ・チドリの渡りの先遣隊でもある。ムナグロも、ざっと5、60羽の群で休んでいた。まだ頭部、腹部にいくらか黒斑の名残を見た。流して見ただけであるが、キアシシギ、アオアシシギ、イソシギ、タカブシギを見た。アオアシシギは、来たばかりなのか用心深く、なかなか近くに寄ってくれない。お気に入りのタカブシギを近くで見たのは満足だった。

 タカブシギよりもやや大振りなシギがいた。背の翼羽を逆立てていたので、エリマキシギ雌かなと思って撮ったが、映像をよく見ると雰囲気が違った。特徴的なアイリングが目に入り、赤茶色の頭巾を被ったような頭頂部にも見覚えがあって、上胸部、腹部を確認すると小斑紋が密集していた。まだ完全な夏羽にはなっていないが、全体に薄い色合いのウズラシギ若鳥であった。いずれ背羽は濃褐色と赤い縁取りをした綺麗な夏羽に変るだろう。
 こういったシギ・チドリたちが群れる風景がいいと思う。

タカブシギ
ウズラシギ

 昨年までの河内町休耕田では、訪れる度に新たな訪問者を見た。ここの休耕田は、河内町休耕田よりも規模が小さいので、シギ・チドリの休む数にも限りがあるようだ。贅沢を言うようだが、種の数も個体数も少ない。昨年ならば常連であったヒバリシギ、コアオアシシギ、エリマキシギ、オジロトウネン等を見ないのは、なにやら物足りない。

 ウズラシギを見た後、暫らく休耕田を眺めていた。けれども、新しいシギ・チドリが入る様子もなく、楽しみの弁当も終え、昼過ぎとなって眠気も出てきた。そろそろ引き上げたものか迷っていたが、もう一度、さらっと周ってみようと考え直し、休耕田を取り巻く畦道を一回りすることにした。

 ゆっくり周ることにして、10分ほどした時である。水田は畦道の右側に位置しているが、その田の面に生えた一叢の雑草の中に、葉に覆われてはっきりしなかったが、なにやら明るい茶色と焦げ茶色を併せ持った何かが見えた。距離は30mくらいあったと思う。最初は、新聞紙か空き缶ごときのゴミのような気がしたが、こんなところにゴミがあるのも珍しいと思いながら少し近づくと、明るい茶色をした上側の部分に動く気配を感じた。その瞬間、もしかしたらタマシギではないかと直感したのである。双眼鏡で鳥らしいことを確認し、直ぐに後部座席に置いてあった500mmレンズをカメラに着けて映像に収め、拡大してその詳細を見た。
 大きな眼と長い嘴を持ったタマシギだった。じっとして、私が通り過ぎるのを待っていたのである。

タマシギ

 タマシギは、初見である。この数年、休耕田巡りをして来たのも、その目的の1/3はタマシギを撮りたいと思っていたからだった。決して大袈裟に言っているのではない。どうやら私とは相性が最悪の鳥だったようで、振られ続きだった。やっと巡り合えた。急に近づいて、飛び去られてはもとも子もない。ゆっくりと近づき、エンジンはかけっぱなしにしながらも車を進めては止めて撮ることを繰り返した。

 距離が10mくらいになった時、畦道の対面から大きなランドクルーザー仕立ての車が入ってきた。バックするにしても前に進むにしても、タマシギに飛ばれたら最後なので、手を上げて少々待ってくれるように合図して、数秒間念入りに連写した。私がレンズ・カメラを抱えて運転席から鳥を写しているのは分かったらしく、クルーザー仕立の車はしばらく止まってくれた。有難かった。タマシギは、その車の4、5mくらい右横の水田にいるのである。草の葉にうまく隠れていて運転手は気づかなかったようだ。いつまでも待たせるわけには行かず、クルーザーの手前2、3m辺りの道の左側に、耕運機が田に入るためのスペースがあったので、そこに車を寄せてすれ違いを図った。飛ばれても仕方ないと半ば諦めてもいた。

 運転手は通り過ぎながら、真横に車を止め締め切った窓を開け、なにか面白い鳥がいますかと問いかけてきた。一見してバーダーと分かる出で立ちである。タマシギがいますよと答えると、雄か雌かと聞いて来た。よく分からないが雄だろうと答えると、雌が並んで番(つがい)でいないか、雛がいないかと重ねて聞いてくるのである。私から見えないが、そちらの車のすぐ後ろにいる筈だと答えると、状況を理解したらしく、「どうもどうも、それじゃ頑張って」と言って通り過ぎて行った。タマシギなんぞは撮り飽きた鳥見の大ベテランなのであろう。少しばかり白けた気分を覚えてしまった。

 それでも距離が5、6mくらいに近づいたのである。一叢の雑草を見ると、タマシギは、身の大半を隠すようにしながら、頭部と瞳孔が見える大きな目だけを見せてこちらを覗っている。まだ居てくれたかとほっとした。小さな車の運転席では、500mmレンズの手持ちは機動性が思うように行かない。慌てながらも400mmレンズに着け替えて撮ることにした。

 タマシギは、最初は目だけ見せて私を覗っていたが、少しずつであるが次第に身体を屈めて前に出てきた。その様子を見ていると、そのうち全身を現すに違いないと思った。見る方も気持ちに余裕が出て、カメラの撮影条件を再度点検したりなどして、その時を待つことにした。ランドクルーザーの大ベテランも見過ごすくらいタマシギは用心深く、身を隠すのが巧みである。暑いが、車の中で見ていれば済む。夕方迄待ち続けることを覚悟した。
 それでも待つこと20分くらいで、タマシギはそろりそろりと進み出て、やがてその全身を現した。

タマシギ
タマシギ
タマシギ
タマシギ

 綺麗な羽模様を見て、はっと思った。タマシギは、子育ては雄がするのである。これは雌のタマシギではないか。先ほど、大ベテランには雄のタマシギだと答えたのである。しまった、間違えた。ま、いいや、と思い直したりしながら、タマシギの観察を続けることになった。危険な人間は車の中にいて動かずにいるから、気も弛んだのだろう。ゆっくりと草叢から離れ、水田の中央に向かって歩き出した。それに連れて車を少しずつバックさせながら撮り続けるのであるが、飛び立つ気配がない。警戒心が薄いのではなく、もともと動きが緩慢でバタバタしないたちなのではなかろうか。
 農作業用の小型トラックが後方から近づいて来るのがバックミラーに写った。午前中の仕事を終えて、家に帰る途中なのだろう。充分にタマシギを撮った思いがして、その畦道から離れることにした。タマシギと付き合った時間は1時間近くになったと思う。

 ..............

 タマシギは、雄が抱卵し子育てをする。雌は雄を誘いながら卵を産み続ける。雌を見かけると、その周りには子育てする複数の雄を見ることがあると聞いている。営巣場所が水気の多い場所なので、暴風雨でなくても大雨くらいで雛が受難することが多いという。種の保存のために生み出された繁殖の方法だそうだが、やはり珍しいことに思える。ざっと見た限りであるが、雄や雛はいなかった。

 雌が雄を誘う時に、コーン、コーンと啼くという。優しい声だそうだ。私は未だ聞いたことがない。先達が我がフィールドのサンカノゴイを見に来られた時のことである。その繁殖地を前にしてサンカノゴイの飛翔を待っていると、「あ、タマシギの声がする」と言われたのを思い出す。私にはとても聞き取れなかったのであるが、先達クラスの経験豊かな鳥見人になると、はっきりと聞き分けることが出来るのだろう。願わくば、一度我が耳で聞いてみたい。

 玉鴫の 打つつちの音は夜の田に 月と呼び交ふ祭日は遠し
                   石井辰彦 現代短歌大系(11)

 歌は、定年後、暇な折に読み漁っていた現代短歌大系(三一書房)の、11巻新人賞作品七竃(石川辰彦)の中の一首をメモしておいたものである。タマシギを見たら、是非引用させてもらう予定でいた。鳥が詠われている歌の中では、私の最も気に入った歌の一つである。
 作者は、当時1973年頃だと思うが、20歳の学生だった。タマシギの啼く声は既に聞き知っていたのであろう。それを、打つつちの音と表す感性の豊かさに、まず驚いた。コーン、コーンと啼く声は、月明かりの田の情景に深く、柔らかく染み透ったに違いない。そして、遠くなった祭り日の想いをさりげなく語りかける。啼く声が雄を誘う声と知れば、歌がもたらす世界はなお広まろうというものである。読む人の聴覚と視覚、そして想念に巧みに訴える。その歌作りの上手さに驚いた。

 タマシギを見た。見るべきもの見つ、の心境である。休耕田めぐりの目的の1/3を達成したわけである。けれども、見るべきもの見つ、の心境には達しない。また、休耕田めぐりの興味が1/3減ったわけでもなかった。むしろ逆であって、それだけ増えた気がしている。不思議なものである。

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