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2010年3月14日 (日)

 富津 ヤツガシラ

 千葉県富津市にヤツガシラが現れた。そのニュースが世に行き渡るにつれ、多くのバーダーがカメラ・レンズを抱え、その地に馳せ参じることになった。私もその一人だった。これほど多くのバーダーを集める鳥となれば、ヤツガシラは日本の社会・文化に深く根付いた存在かに思われるかもしれない。実際は、さにあらずなのである。要するに、稀少価値であること、変わった姿形をしていること、それでいて上品で美しいという三拍子そろったその姿が、見れば人の心を満たすに充分だからなのである。
 ヤツガシラは、日本では多くのバーダーが一生に一度は必ず見ておきたいと願う渡り鳥の一つである。

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 ヤツガシラを今少し知りたいものだと、例によって Wikipedia で調べることになった。鳥の文化史を世界に広げて見ることになったが、お陰でヤツガシラほど多くの毀誉褒貶の洗礼を受けた鳥はないことを知った。私なんぞは、こういった毀誉褒貶の多寡こそが、歴史的、文化的な価値を計る指標にもなるとも思っていたので、それだけでもヤツガシラに興味が湧いた。こんな風に興味を持つ私は少々偏屈なのかもしれない。

 Wikipedia には、Relationship with human としてヤツガシラと人間との係り合いを文化史的な観点からまとめてあったのが面白かった。我が記憶に残すため、要約して当歳時記に載せることにした。

 要約する前に、英語名が Hoopoe とあるのが気になった。Wikipedia が、冒頭からその発音の仕方を、pronouncedˈ/huːpuː/ と説明するくらいだから、あれやこれやに由来する因縁つきの命名とは異なる感じがした。ヤツガシラの学名は Upupa epops とあった。やたらにPの文字が多い。もしかしたら、英語名もヤツガシラの啼く声そのものを鳥名にしたのではと思った。日本の野鳥解説書ではヤツガシラの啼く声は、ポポポ、ポポポと3音ずつ区切られ、地啼きはグワーイと啼くとあった。啼き声を記録した外国のサイトでその声を聞くと、ポ、ポ、ポと連続して早く聞こえ、その単一音は確かに huːpuːに似ていた。連続したその声の間に、時折濁った地啼きが聞こえた。今では、英語名はその啼き声から成り立ったに違いないと私は確信している。

 以下、要約である。
 ヤツガシラは実に独特な鳥であって、この鳥がこの世に存在して以来、社会的文化的に人の生活面にいろいろなインパクトを与えてきた。古代エジプトにあっては神聖な鳥として崇められていたし、古代ペルシャにあっては美徳のシンボルとして尊重された鳥だった。

 ところが、聖書では(Leviticus 11:13-19を参照)、忌むべき生き物の一つとして挙げられるようになり、決して食に値してはならぬとされた。お陰で、ヨーロッパでは多くの国が、長いことヤツガシラをまるで泥棒並みの鳥として扱うようになったし、スカンジナビアでは戦争の前触れを告げる不吉な鳥とまでされた。エストニアの伝統的文化にあっても、ヤツガシラは死そのものを意味したり、果てはあの世の使いだったりもした。その啼く声は、多くの人や家畜の死を暗示するものとして受け止められた。

 古代エジプトにあっても、墓標や寺院の壁に彫刻されるロゴとしての鳥はヤツガシラだったし、そういった傾向はミノスクレタ文明にも受け継がれた。

 イスラム教のコーランにも(Surah 27:20-21を参照)、ヤツガシラは登場する。
ある日、イスラエル王ソロモンは鳥たちを見渡し、待ち望んでいたヤツガシラがいないのを知って落胆し、「ヤツガシラを見なかったのは一体どう言うことなのだ、わざと姿をくらましたのではないか、もし理由もなく姿を見せないのであれば、厳罰に処すかさもなくば殺してしまえ」と激怒して言った。当時の王ソロモンは、神の預言者であると同時に、兵、鳥、獣、精霊たちを意のままに操る強大な権力者だった。太陽崇拝の国シバの女王ブリケスが支配する国の情勢を偵察鳥であるヤツガシラに命じて調べさせ、その結果はどんなものであったかを待ちわびていたのである。ヤツガシラは間もなく王の前に現れ、王にシバ国の情勢を具に知らせた。その結果、王はシバの女王ブリケスに臣下になることを促した手紙をヤツガシラに持たせ再び遣わした。女王ブリケスは、流れる小川の畔でヤツガシラを見て使いの旨を知り、王ソロモンの意を受け入れることを決めた。

 現代的には、ヤツガシラの食餌には人には有害と思われている多くの昆虫類が含まれていることが知られている。例えば、森の中では危険な存在である毒蛾のさなぎなど食べてくれるのである。おかげで逆にこれらの虫の捕獲が法で禁止されている国もある。

 ヤツガシラは、2008年5月、イスラエルの建国60周年記念式典で国鳥に選ばれた。15500人による国民的一斉調査で選ばれたのであるが、イスラエルでは最も普通種であるWhite-spectacled Bulbul(ヒヨドリの一種と思われる)を排して決まった。

 古代ローマの詩人Ovidがまとめた Metamorphoses 「変身物語」6巻に、以下の話がある。
トラキアの王Tereusは、Procneを妻に迎えた。ところが、Tereus はProcne の妹の Philomela と情を交わり、その露見をおそれたTereus はPhilomela の舌を切り取ってしまった。怒った Procne は、王Tereus の子 Itys を殺害し、父親である夫にシチュ―料理として差し出した。大皿に盛られた息子 Itys の頭部を見たTereus は、怒り狂って剣を抜き、ProcneとPhilomela の姉妹を殺そうとした。その直前に Philomela はナイチンゲールに、Procne は燕に変身して逃れた。この時、王Tereusも ヤツガシラに変身した。原著「変身物語」では、ヤツガシラは、epops と書かれていて、その訳に諸説があり、英語訳ではヤツガシラの他にタゲリとする説もあるそうだ。いずれにせよ、ヤツガシラやタゲリの冠羽は、その高貴な地位を象徴し、その長くて鋭い嘴は荒々しい王の気性を物語るものだとしている。

 以上、Wikipedia に載っていたヤツガシラにまつわる小文化史の要約である。甚だしく意訳の部分もあり、Wikipedia の伝えるところを正しく言い現わしているか少々心もとない。

 キリスト教文化圏、イスラム教文化圏共に、教典に登場するヤツガシラにはそれなりの関心が持たれていることが分かった。幾つかのサイトで詳しい紹介があって大変助かった。コーランに載ったヤツガシラの故事については、あらすじの提示も無く部分的な抽出文だったので最初は理解に困った。別サイトから得られた前後の経緯を意訳し追加した。

 あれこれと首を突っ込んで見つけたサイトに大英博物館所蔵のシバの女王ブリケス像があった。15世紀頃の作品とのことだが、綺麗な絵である。その絵の右端にある木の枝に止まっている鳥が、王ソロモンから遣わされたヤツガシラで、オリエンタルな衣装を着た豊満な美女がシバの女王である。女王がヤツガシラが咥えている巻手紙を見ている構図は一種の絵巻物だった。私にとっては思いがけない収穫を得たことになった。

 変身物語は、蝋の翼を持ったイカロスや水仙となったナルキッソスの逸話で、おぼろげながら記憶にあった。ヤツガシラが変身の対象となった話は初めてだった。物語の激しさ、変身の結末との間にある落差を感じて戸惑うのは私ばかりではないと思う。けれども、姉妹がナイチンゲールや燕に変身し、王はヤツガシラに変身したとなると、古代人が望んだ変身の姿は、それぞれにそれなりの想いが託されたものであろうことがなんとなく理解出来た。ヤツガシラの姿形の美しさは如何にも王位に相応しい鳥として認められていたのだろう。
 珍し系の鳥ヤツガシラを通して、文化史における世界各国の多様性を垣間見るようで面白かった。

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 私の ヤツガシラ 
 ヤツガシラは、日本では春の渡りの先陣を切る鳥、と私は思っている。今年は2月下旬に早くも富津で見られることになったが、対馬では、年によっては1月末に見ることがある、と聞いている。しかし、秋の渡りの時期に見たという記録は、全国的にも少ない、と野鳥解説書にあった。春と秋でコースを違える渡り鳥はヤツガシラばかりではない。何故にコースを違えて行き来するのか、そういった個別の渡り鳥毎にいつも興味が湧く。

 神奈川のバーダーから、千葉県にヤツガシラが来ているそうだが何処に来ているのかとの問い合わせを頂いた。いつも大変お世話になっているバーダーだった。富津市内であることが分かったが、詳細がはっきりしなかった。いくつかのサイトを見ていると、「財団法人富津市施設利用振興公社 FUTTSU」という公的サイトに、ヤツガシラが姿を見せている臨海野球場の紹介があった。最近は、こうやって珍し系の鳥が訪れて居る場所を知るのもそれほど珍しいことではなくなった。早速、神奈川のバーダーに連絡した。

 一方、我が家では、朝の食事時に珍し系のヤツガシラが千葉に来ているようだと話題になった。先日のヒメハジロやビロードキンクロを見て久しぶりの鳥見を楽しんだ余韻が残っていたらしく、家内は場所も近いし未見のヤツガシラだから是非見に行きたいと言うのである。珍しく乗り気だった。最近、鳥見行に昔ほどの熱意を示さなくなった私に、家内も少しばかり気を揉んでいたようだった。このまま私が惚けていくのかと心配だったのかもしれない。平日休日は近場の公園でレンジャク類でも探そうかと消極的な鳥見を考えていた私も、押し出されるようにして再び同行の鳥見行となった。

 臨海野球場に午前10時前についた。数人の公園管理人が清掃中だったので、今日はヤツガシラはどの辺に現れているのかと尋ねると、今は野球場の中の芝生にいるようだと親切に教えてくれた。「以前は、2、3mに近付いてもじっとしていた鳥なのに、みんなが寄ってたかってシャッターをバチバチ鳴らすから、怖がって逃げるようになってしまった。」とのおまけ付きに、思わず首をすくめてしまった。野球場の中には入れないので、金網フェンスで囲まれた芝生の観覧席から、野球場のグランドにいるヤツガシラを撮ることになるだろうと覚悟した。

 野球場の外側は舗装道路で囲まれ、そこからは幾つかの出入り口を経て観客席に入ることが出来た。既に3、40人ほどのバーダーがいて、それぞれカメラ・レンズを構えて並んでいた。ところが、レンズの向かう方向はグランド上ではなく、自分たちがいる観覧席内のずっと先の芝生の上だった。ヤツガシラは、芝生の地面を長い嘴でつついては掘り返し、なにやら採餌していた。距離は4、50mくらいあったろうか、少しばかりでなく遠かった。身体半分は深い芝生に隠れて見えなかった。1.4倍エクステンダーを付けて撮ることにした。今日一日を、こんな風に遠い所から、身体半分のヤツガシラを見るだけで過ごすのかと不安になった。

ヤツガシラ
ヤツガシラ
ヤツガシラ

 幅の狭い観覧席内にバーダーが横断状に並ぶので、ぶ厚くなった列の後方から隙間を見つけて撮る以外になかった。取りあえず、証拠写真を残すつもりで何回かシャッターを切った。気がつくと、シャッター音を立てているのは私だけだった。殆どのバーダーがファインダーから眼を放さないでいるので、何かの瞬間を待っていることが分かった。おそらく飛翔姿か冠羽を立てる瞬間であろうことは予測出来た。ヤツガシラが、カメラ・レンズの砲列を警戒していることは、ちらちらとこちらを窺う眼を見て明らかだった。それは近いうちに冠羽を逆立てることを予測させた。しかし、怯えている感じではなかった。

 ヤツガシラは芝生からフェンス沿いのコンクリート通路に降りた。尾羽を広げ、翼羽を立てながら伸びをした。その瞬間、冠羽が立った。シャッター音が激しく鳴った。残念なことに、芝生の縁が邪魔して身体半分を隠していた。結局、その日はその時以外に冠羽を立てた姿はなかった。

 その後、フェンスの上に飛び上がって羽を休め、暫くバーダーたちをゆっくりと見回した後に飛び立った。そして、場外を取り巻く林の中に消えた。飛翔姿を撮るのはとても間に合わなかった。黒白が帯状に並ぶ飛翔中の翼模様を撮っておきたかった。混雑したバーダーの中で、飛翔する鳥を追ってレンズを振り回せば、隣のバーダーの頭を直撃することは必至だった。撮りたくても撮れる状況ではなかった。

 暫くの間、野球場周りの林や広場をヤツガシラを求めて見回ることになった。家内は、その日までヤツガシラが多く寄ったという公園内の幾つかのポイントを管理人から聞いて廻ってくれた。二人とも空振りしてあちこちと巡り終え、野球場の外周りの道路で落ち合う時だった。グランドを見ていた家内が、手真似でグランドの観客席に近いところでヤツガシラが採餌していると教えてくれた。近い入り口から観覧席に入ると、フェンスの向こう7、8mの先のグランド上でヤツガシラは芝生地面を掘って採餌していた。突然グランドに降り立ったらしく、気付いたバーダーはまだ少なかった。撮り手が狭い檻の中にいて、撮られるヤツガシラは広々とした自由空間のグランド上にいる構図となった。お陰で鳥も警戒心が薄らいだようだった。私にしては上出来の映像が撮れたと思っている。

ヤツガシラ
ヤツガシラ
ヤツガシラ

 ヤツガシラは、Ovid の Metamorphoses にある如く、最も特徴的な容姿の部分は冠羽と嘴だと思っている。正面あるいは真後ろからの前後像では、冠羽と嘴の存在を見るのが困難で、単調で迫力のないものになった。ヤツガシラが常にこんな風に見えるとしたら、これほど多くのバーダーを惹きつけることはなかったに違いない。冠羽がきっちりと見えれば、冠羽を立てなくとも絵になる鳥と思われた。しかし、映像は真横から見てその羽を思いっきり立てた時が最高なのは間違いない。それは、アメリカインディアンが戦を始める際の儀式に使った飾り羽付き冠を思い出させた。

 私がなによりも凄いと感心したのは嘴だった。座り込んだ姿を真後ろから見た時、顔を真横にした姿(上の最下段映像)が偶然に撮れた。薄く開けた嘴は、まるで切れ味の鋭いサーベルのように硬く見えた。上下の嘴が合わさる瞬間、シャリッと金属的な音が出そうな感じだった。その嘴を土中に素早く差し込み、潜んでいた甲殻類の幼虫を嘴に咥えて引き出した。無傷の生きたままである。そして、心もち顔を上げ、流し込むようにして飲み込んだ。上手いもんだと感嘆した。

 これだけ目立つ容姿だから、猛禽の餌食にならないか家内は心配した。イギリスのサイトの紹介によると、ヤツガシラを襲う猛禽はコチョウゲンボウが多いとあった。ヤツガシラは普段は地上低く飛ぶので、それだけコチョウゲンボウと遭遇しやすいのかもしれない。ところが、ヤツガシラは猛禽に襲われると、地上からは見えなくなるまで空高く舞い上がって逃れるというのである。地上で襲われると、翼や冠羽を広げて威嚇し、鋭い嘴を向けて立ち向かい、大概はそれで難を逃れるとのことだった。容姿端麗で且つ胆力も優れるとなると、なにやらパーフェクトに近い鳥の印象がしてくるのである。

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